先日5月29日、オンライントークイベント「新型コロナ vs ICT – 加速する医療のデジタルトランスフォーメーション」がおこなわれました。このイベントは SUNDRED 株式会社が主催し、一般社団法人 聴診データ研究会の後援での開催です。

本記事では、4つあった講演テーマの中で、ベトナム・ホーチミンから現地の情報を発信されたお二方をピックアップしておまとめします。

前編の今回は、ラッフルズメディカルホーチミンにて総合診療医として働いておられる中島敏彦医師より、ベトナムではどんな風にコロナウイルスの感染を防いだか、それに関して、ベトナムの政府がどんな風に活躍したかというのをご紹介いただきます。

中島 敏彦
病院総合診療認定医、産業医、泌尿器科専門医。秋田大学医学部卒業後、千葉大学泌尿器科、JCHO 東京新宿メディカルセンター、静岡県立静岡がんセンターなどで 10 年間勤務。2013 年よりシンガポールの Nippon Medical Care で総合診療、熱帯医学、渡航医学などを学ぶ。その後は北京、ハノイで International SOS で邦人患者の治療に携わり、2017 年からはRaffles Medical Group の International Department に所属するホーチミンクリニックで日本人総合診療医 / Business Development Consultant として勤務。日本とベトナムの架け橋となるべく、ベトナムにある日系商社 Clover plus co.,ltd のアドバイザーとして、日本の医療産業がベトナムに進出するための支援なども行っている。海外勤務歴7年。

1. ベトナムの現状

ベトナムの現状は、感染がコントロールされている状態ということで世界中からかなり優秀な評価をいただいており、世界で最も組織化された管理プログラムの1つとして韓国や台湾と同等に扱われています。特徴としては、この発展途上国でもあるベトナムでできる低コストで効果的な戦略だったという点が挙げられます。

状況としては非常に不利な場所にあり、中国と長い国境を接しており、隣はカンボジアということでいろんなところから隠れてこっそりはいることができるような環境の中で、ベトナムの警察、軍隊が頑張って実力行使しています。

発展途上国ということもあって、後で写真をお見せしますが結構ひどい医療状況です。その状況の中でこれだけうまくコントロールできたのは単一政党国家であるからという風に言われてはいますが、実際にものすごく頑張っていたということをお伝えしようと思います。

皆さんビックリされると思うんですけれども、ベトナムの病院は非常に医師の数が少なく、日本だと1万人あたり 24 人の医師がいるのですが、ベトナムだと1万人あたりの医師数は8人、尚且病院の数が少ないので、診察の待合で患者さんが床に座ってるぐらい混み合っているんですね。

右の写真見ていただくと、1 つのベッドに 2 つ頭が乗っているのが見えますよね。これどういうことかというと、ベッドの数が足りなさすぎて、1つのベッドで 2 人同時に面倒を見るというような状況なんです。なので、病床率は120〜130%と、日本ではちょっと聞かないような占有率です。
その他にも、カーテンの仕切りがなかったり、清潔不潔の概念があまりきちんと整備されていなかったりと、内側に入っても結構ひどい状況です。

にもかかわらず、アメリカの POLITICO という雑誌でも取り上げられているように、新型コロナ対策効果ランキングとしては経済の損失が低く尚且つ公衆衛生的にもコントロールは良かったという評価をいただいています(参照:VIETJO)。

本日(5月29日)朝 7 時の時点での現状は、ベトナム全体としては 327 人の感染者がいまして、そのうち半分以上が輸入例でした。既に現状ソーシャルディスタンシングは解かれ、もう 43 日間連続で新規のコロナウイルス感染者はいない状況です。

ちょっと前の話なのですが、WHO の会議でベトナムのフック首相が「ベトナムの封じ込め対策は終わった。今は経済再開に向け、新しい、いわゆる New Normal の段階に入っている」(参照:VNEXPRESS)と発表するなど、世界に向けてベトナムの情報のシェアを始めています。

2. 初期段階での基本方針


ベトナムはかなり初期の頃から強烈なリーダーシップを発揮していて、WHO がパンデミックだと発表する前の 1月27日から「国民の健康と安全の確保を最優先し、そのためには短期間である程度の経済成長の犠牲はやむを得ない」と示しました

ベトナムは中国とアメリカに勝った国ですので、自分たちでも力に誇りを持っています。いわゆるプロパガンダという形で、「われわれは敵と戦うようにパンデミックとも戦うんだ」ということを非常に強く打ち出しました。

その結果として、低コストで効果的と称される戦略を迅速に実行することができました。例えば何をやったかというと、海外からの入国者、そして感染者と接触歴のある人を厳格に検疫しています。

さらに日本じゃ考えられないぐらい積極的な接触者の追跡、そしてプロパガンダ、力強いメッセージの効果的な広報キャンペーン。新聞で情報をコントロールしながら国民の気持ちを盛り上げて「コロナとみんなで戦うぞ」という雰囲気を醸し出しました。

3. ベトナム式コロナ対策

簡単に見ると初期段階からもう国民全員に「マスクを着けなさい」「海外からの入国者は検査の結果に関わらずとにかく 14 日間の隔離だ」「濃厚接触者も隔離しますよ」と。隔離するんだったら職場ごととかマンションごととか、くくりを大きく隔離します。街ごと隔離することもありました。とにかく隔離。日本人も含め一時期は 8 万人が隔離されていた時期もあります。
PCR 検査の結果が陰性になって退院した後も、ついでに自宅なり施設なりで 30 日までは隔離(最初の頃は 14 日間だった)をしておきなさいということで非常に強い隔離政策をとったんですね。

日本から見るとちょっとこれは…と思われるかもしれませんが、これはかなり理にかなっているんじゃないかなと、現地に住んでいる医者としては思います。

そもそも PCR 検査っていうのは白黒はっきりつかない検査ですよね。偽陰性もあります。さらに新型コロナウイルスの特徴として、発症する 2 日前から発症後 7 日前までが感染力が高いと言われています。
ベトナムで症状のない人に PCR 検査をして出てきたデータというのは、無症状感染者であっても感染性があるということ、最初から最後まで無症状の患者さんも結構いるので、症状の出現を待ってから PCR 検査やってても間に合わない、というもの。

医療システムも脆弱であるベトナムでは、一度国内で感染者の数が増えたらコントロールできずに医療崩壊してしまうというのは火を見るよりも明らかですので、とにかく感染・流行を防ぐということに主眼をおいた作戦だったと言えます。

4. なぜ条件の悪いベトナムが、抑え込みに成功したのか?

これは私がベトナム国内で働いている中、ベトナム保健省からの指示を受けている中、その他世界のいろんな新聞とか論文とかを読んで、これがベトナムの肝だったのかなというのをまとめたところなんですけども、とにかく政府の動きが早かったんですね。とにかく早かった。
国内感染者が 6 人、たった 6 人のうちからもう国内流行宣言を発令したんですよ。これが1月30日です。これが出たことによって非常に動きやすくなりました。

ただし朝令暮改の状況で、例えば「今日、今から、今夜 0 時からベトナム国内に外国人は入れなくなります」ぐらいのことを言ってのける形で、社会隔離がその日の晩に始まったり、外国人に対するビザの発給が突然(発表から1日の時間もあかずに)停止されたりと、住んでいる日本人としては、これから何が起こっていくんだろうという不安も感じてはいたんですけれども、すごいスピード感で手をどんどん変えていくんですね。

大きく政策を打ち出して、走りながらどんどん現状にフィットさせていくというスタイルでした。ちょっとここらへんが日本と違ったのかなと思います。


これみなさんよく見る図(新型コロナウイルス対策の目的)だと思うんですけれども、とにかく感染のコントロールをしてピークをあとに持ってくることによって、時間を稼いだんですねベトナムは。
その稼いでる時間に何をやったかというと、低コストのテストキットを開発したりであるとか、一気に軍事施設とか学校とかを借り上げて約 6 万人分ぐらいの隔離施設を作ったりだとか、スピーディーな対応でした。

もちろん強権を振るったからというだけではなくて、もともとベトナムの医療システムというのは日本の保険制度に似ているところがありまして、それを利用したシステムがすぐに出来上がりました。例えばですね、 COVID-19 の検疫と治療に関しては無料です。これ外国人に対しても無料で検疫をやってくれていました。

また、もともとベトナムは病院の数が少ないんですけれども、二次の病院とかコミュニティの病院とかに教育をしなきゃいけないというシステムがあります。その教育システムってのは、国の保健省と、各省・市の保健当局や CDC(疾病予防管理センター)がオンラインで直接やりとりするネットワークシステムというのが既に出来上がっていたので、ある種の遠隔診断ツールというのが既に導入されていますから、そのシステムを流用した指示命令系統が一瞬にして出来上がったんですね。
で WHO とのミーティングに関してもこのシステムを一気に流用して 2 月の初期の段階で WHO とのミーティングを各病院でやっていたという経緯があります。

あともうひとつ、これは 2003 年頃、医学生だった先生も多いとは思うんですけれども、私の中で非常に好きな話として 2003 年頃 SARS が流行したんですけれども、ベトナムは実は2003年に世界で初めて SARS を制圧した国なんですね。
この時に日本も WHO も協力して、これ以来多くの教訓を得て公衆衛生学の発展にすごく力を入れてたんですよ。
というのも、ベトナムの横は中国なので、また来るだろうということを彼らは予想していました。このときの経験で、窓を開けるとウイルスは感染しづらいということを知っていたので、初期の段階から窓を開けて換気しろ、ちょっと暑いけど窓を開けて対応しろと、我々ベトナムにいる医者には言われてはいたんですね。隔離政策も、実はエアコンは使わないで窓を開けて扇風機で対応しました。

これだけでなく、あと情報コントロールがうまかったです。日本で情報コントロールというとネガティブな印象があると思うんですけれども、今回に限って言うと、非常にコロナ対策には機能したんじゃないかと思います。
いわゆる政府の情報組織機関というのがあって、これが「Propaganda machine」というふうに呼ばれるんですけれども、これがいろんなスローガンを出しました。例えば、家にいて、他の人に感染を広げないようにすることは愛国心を示すことであるとか、ウイルスは敵で、医療従事者は白い服の戦士であるということを、テレビや新聞で国民に印象づけるんですね。

あとこちらはもしかしたら日本でニュースになったかもしれないんですけれども、「コロナウイルスの歌」っていうのを作って、手洗いの仕草や社会隔離が必要なんだということなど情報を盛り込んで流すと、YouTube でもヒットしたらしいです。結構あちこちでこの歌が聞こえてくるんですよ。こういうのに国民はのせられていました。

5. まとめ

現地で働くお医者さんから、新型コロナウイルス感染対策優等生ベトナムの貴重な情報をシェアしていただきました。

情報コントロールが IT ツールを使いながら行われていたというここからの話は、次の記事でまとめます。
次回後編は、弊社 Vitalify Asia 代表 櫻井岳幸氏の講演内容です。

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