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    カテゴリー 日常 / プライベート

    メールですか?口頭ですか?

    毎度、川勝です。
    弊社の恵比寿本社にもベトナム人エンジニアが20名近く在籍しています。
    日本語を話せる人は数名なので日本人とのシナジーはこれからといったところです。

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    さて、社内事情もさることながら、最近はコミュニケーションの手法について色々と考えています。
    私は現在43歳、最初に買ったデジタル機器は電子手帳ザウルス、大学の卒論はワープロで書きました。パソコンは新入社員1年目あたりにIBM製のデスクトップ(Win95)を買いました。1995年に震災があったのでそれを機に携帯電話を買う友人もいましたが、まだ高かったため携帯所有者は少数で、月額1000~2000円前後のポケベルの普及期でした。「おはよう」「遅れます」的な簡単な定型分のみでコミュニケーションをしていたのを覚えています。携帯電話を買ったのでは25歳くらいのとき。メールをしはじめたのは2000年頃(27,8歳)だったと思います。

    要するに40歳以上の人は青春期をアナログで過ごしてきたということです。

    逆に今の20歳代の人は、遅くても高校生のときには携帯電話を持っており、友達との通信手段はデジタルであり、情報収集はインターネット。いわゆるデジタルネイティブ世代です。
    Lineで連絡し、SNSでコミュニケーションを取っている人も多いので、我々40歳代が都度電話や口頭で連絡を取っていることに違和感を感じる人もいることでしょう。

    「コミュニケーションの基本は対面によるものだ」という考え方は、正しい側面はあるにせよ、100%というわけではなくなってきてると思います。

    組織のトップに立つ身として、「目的」だけでなく「手段」についても独自の考えを持ち、それを推進していくのは悪くないですが、コミュニケーションの「手段」については一筋縄ではいきません。
    そもそもマジョリティとはなにかという定義に無理があり、よって「こういうやり方が一般的」ということすら難しく感じます。

    こういった多様性の時代に必要なことは、やはり寛容な度量、人格ですね。
    まずは相手のことを知る、認める、関心を示す、ほめる、否定しない。
    そして「目的」を明確にし、その上で自分自信の「手段」も参考までに伝える、というやり方ですかね。

    そういう意味では外国人とのコミュニケーションも同じです。
    歩み寄る努力をせずにお互いに理解しあうことは難しいので、言葉の問題だけではないですね。

    グローバルカンパニーとして、コミュニケーションの手法にも長けた集団を作りたいと思います。