ブログのカテゴリの整理をしたら四年間で72記事を書いていることがわかった竹内です。こんにちは。
消えてしまっているものも含めれば100記事は書いていそうです。
そしてこちらがちょうど4年前の記事。
はい。真面目ですね。
「あの頃~の未来に~僕らは立っているのかなぁ~♪」という感じです。
さて、記事のタイトルの流行が過ぎてるのは知ってますが、今回はそんなテーマで。
立場も役割も変わってきて学ぶことと教えることの比重が変化しつつあるので自分への確認も含めたエントリになればと。
順番は特に意味は無いです。重要度でも順番でもありません。
思い出した順です。
【1】何がわからないのかを分解する
イチから何かを教えなければならない場合は手とり足とりになりますが、そうでない場合はその人が「何がわからないのか」を一緒に考えます。
人に教えを請う場合の多くは、何がわからないのかがわかってなかったりします。
【2】同じ目線になる
自分はただ単にそれを知っているだけで、相手は知らないだけです。
別に自分が偉いわけでもなんでもありません。
知らない人の目線や気持ちに立つ様にしています。
【3】怒らない/イライラしない
教えているうちに「どうしてこれがわからないの!?」と怒り出す人がいます。
本末転倒と言うか、自分を棚に上げてと言うか…。
教える側だって教わる側になることもあるだろうし、わからないのは教える側の技量の問題もあるはずなのにそれを忘れてしまうんですね。
【4】難しい言葉を使わない
これは相手の理解度にもよりますが、難しいことを難しく教えようとしてもなかなかうまくいかないと思います。
何かを教えようとした時に理解できない言葉が出てくると今度は先にそれを理解して貰わなければなりません。
そうなると本筋以外の事と混同して理解が進みません。
【5】答えを教えない
もしかしたらこれが一番気をつけていることかもしれません。
魚を釣ってあげるのではなく、釣り方を教るという事を常に意識しています。
そうすれば似た様な問題や疑問が沸いた時に、次は自力で調べて解決できたり、訊きに来たとしても前回よりは少し進んだ質問になってると思います。
もし同じレベルで訊きに来たとしても、「あの時と同じだよね?」と本人に気がつかせる事で再度考えて貰う事が出来ます。
もちろん、もっと単純な事情で「答え」だけが知りたい人には「答え」だけを直ぐに教えます。
【6】答えに辿り着いたら褒める
わざとらしくてもいいんです。
とにかく褒めます。答えが「バナナ」だとして、「バナ…」までヒントを出して最後に「ナ」と言えただけでもいいんです。
とにかく褒めます。
そういう時に褒められて嫌な人は殆どいないでしょう。
【7】他の方法があることを示唆する
答えが一つしかない場合も多いですが、答えが複数ある場合もあります。
そして答えに繋がるアプローチが複数あることもたくさんあります。
最初は一つのアプローチとその答えが導き出せれば良いですが、そのうち複数のアプローチがある事を知る必要がありますし、それを自分で試す事が出来る能力も必要になってきます。
一つのアプローチとその答えを妄信して視野が狭くならない様に、「こんな方法もある」「こうしたらどうなると思う?」などと展開する事で、柔軟な考え方を養って貰える様にします。
【8】理解できたか確認する
1回で100%理解できるとは思わない事が大切ですが、教えた内容や道筋自体を理解できているかを確認します。
「7×6=42」が理解できたか(覚えられたか)を確認するのではなく、7×6というのは「7が6個あることだから、7+7+7+7+7+7 とすればいい」という道筋にわからないことがなかったかを確認しています。
例えば「どうして + するの?」とか、「6が7個は駄目なの?」などといった疑問があれば解決しておきます。
別項目にするか迷ったんですが、「顔/目を見る」というのも大切ですね。
【9】一緒に喜ぶ
優秀な人ほど同じ様な事で何度も教えなければならないという事は無いのですが、どうしても同じ様な事を訊かれたり繰り返してしまう人もいます。
そういった時は前回よりもヒントを少なくしたり、前回の道筋をもう一度辿って貰ったりして、「本人が気が付く」様にします。
そして答えに辿り着いた時は「やったじゃん!一人で解決できたじゃん!」と感嘆しながら一緒に喜びます。
【10】反省する
自分が教える為にした全ての行動を反省します。
【1】~【8】が出来ているかどうかですね。
そしてもっと良い方法はなかったかを考えます。
教えてる方も教えられている(学んでいる)という意識を忘れないようにしています。
以上。10個です。
まだまだあると言えばありますし、それぞれの項目も深堀りできるのですがそれは別の機会に。
最後に…
こんなエントリを書いていますが、人に何かを教えるなんておこがましいと思ってます。
「教えている」のは確かに「教えている」のですが、もっと正確に言えば自分が理解している事や経験してきた事をただ共有しているだけに過ぎません。
そしてその知識だって自分はどこからか学んだり誰かからか教えて貰った事でしかないはずなのです。
つまりこのエントリですら先人の受け売りでしかないのだと思います。
それでもどこかの誰かの役に立つのであれば、それは素晴らしいことだと思います。
長文を読んで頂いてありがとうございました。